★蛇の血

 (大和の郷、飛鳥...)

ずっと以前...と言ってしまっては余りに漠然とし過ぎているから、八百万の神々が生きていた時代、と言えば何となくだが想像がつくかも知れない。

(行ってみたいものだ...)

現在は山間の小盆地である飛鳥村が、古代には湖に浮かぶ都市であった、と唱えたのは巨石文化研究家の渡辺豊和氏である。湖面にはピラミッドが浮かんでいた。秋分と春分の太陽が、山頂にピラミッドを有する三輪山に昇り、忌部山に沈む。人々はそれらによって暦を知り、収穫や狩りなどの生活の営みの時期を知る。男根のシンボルから昇った太陽が、女陰のシンボルへと没してゆく。古代の日本人は完全に地球と共に生活している。と言うより、生命として生きている。飛鳥村に在ったとされる古代の都市、名を"磯城"と書いて"シキ"と呼ぶ。王に長髄彦命(ナガスネヒコノミコト)を担ぐ、古代日本の先住民族である。先述したピラミッドは現在も古墳や神社として存在している。しかし建築家でもある氏は、それらが「壊されている」と語る。

(成る程...)

大和三山は、天香久山、畝傍山、耳成山である。それらからピタゴラスの定理に基づいて導かれる場所に、三輪山が在る。"磯城"という"クニ"は途方もない技術者を有していた。ピラミッドから線を引き、磁場を捉え、交信し、地図を作った。まさしく太陽と地球を最大限に生かした巨大なカレンダーである。アジアの東方に連なる日本列島は、多量の降雨をもたらす緑豊かな島々である。即ち土壌が肥えていて、植物がよく育つ。故に長い年月を経てピラミッドは、鬱蒼と木々を茂らす山々へと変わり果てる。古代日本のピラミッドは壊されて瓦礫と化し、雨によって緑化した。一万年以上も続いたとされる縄文時代。悠久の時が育んだ文化の結晶として、縄文末期は栄えた筈である。"磯城"は然も優美な水上都市であった。水辺には葦がよく育ったことであろう。そう考えると、日本神話に登場する"豊葦原中国"(トヨアシハラノナカツクニ)の風景と、正しく合点する場所でもある。

(蛇、亀甲、男根、大黒天...大国主命)

全てナガスネヒコの俗称である。ついでに"八股大蛇"にも多分に長髄彦命の資質である"山"が現されている。八百万の神々。古代日本に繁栄を極めた諸民族は、ある一民族の来訪によって様変わりする。天孫族が日本列島に辿り着いたのは紀元前夜であったとされる。アマテラスを奉ずる彼等の渡来。それは日本列島の民族にとって、弥生時代の到来に繋がる。初代天皇、即ち神武、後の名を伊波礼彦尊(イワレヒコノミコト)を担ぐ彼等によって、"磯城"は攻め落とされ、出雲へと封印された。最も封じたかった縄文の神は、今日でも日本一太い注連縄によって閉じ込められている。国を追われたナガスネヒコは、辛くも難を逃れ東北へと亡命し、そこでアラハバキを信仰する青森の"アソベ族"等と混血の末、"日高見国"と称する陸奥の勢力として中世まで存在する。つまり陸奥の豪族、"阿部氏"がそれである。その末裔の"秋田氏"が記した『津軽外三郡誌』という史書が詳しく伝えている。"磯城"の美しい湖は埋められて田園と化し、ピラミッドは破壊された後、古墳などの墓に作り変えられた。そして万世一系の天孫族の初代帝王が誕生する。名をイワレヒコノミコト。"ヒコ"とは"日子"で古代の男子の呼び名である。"イワレ"とは破壊を意味する。その名に恥じぬ暴君は顔面に刺青を施した男であったという。

(...そもそも)

往々にして言える事だが、古代の人々は身体に墨を入れていたと思う。現代に於いても先住民族の文化には、洋の東西を問わず刺青の習俗がある。トライバルと呼ばれるタトゥーである。特にかつての我々は子供から大人まで、顔や体に文身を彫っていたと言われている。当時の土器や土偶に見られるあの縄文である。蛇であり、大国主であり、ナガスネヒコである。中国三国志の正史書『魏志倭人伝』にも、倭人は皆文身を施しているとある。”刺青”という名称は近世からの呼び名で、古くは"文身"という。関西での"入れぼくろ"であり、沖縄での"針突"である。

(そんな先祖を持つ日本人にも拘らず...)

この国には差別が横行しているらしい。さも当たり前の事柄の様に。メディアが煽る事で強引に納得させている。いつの世も権力の神経とは粗雑なものである。ヤクザ屋さんの刺青にしても、元来、江戸時代の"火消し"の文化からきている。江戸八百八丁の自警団、同心与力や火付盗賊改役など、危険な火事場などに赴く彼等は、どんな無惨な亡骸に変わり果てても、身元が判明するようにと身体に文様を刻んだ。心配りがあるお洒落である。それが"粋"なのだ。そうして華々しく技術として極められたものが和彫りである。

(いい文化だ...)

遠く南半球からやって来てくれた彼女はどう感じただろうか?

(悲しい思いをしたに違いない...)

特徴的な文身をもつアイヌ文化との交流。遥か南洋からやって来た兄妹が受けた差別。思えば我らの恥ずべき行いではないか。自分たちの祖先の文化を否定する事にも繋がる。初代天皇でさえ顔に刺青を入れていたくらいである。

(ぼくらはそんな民族の末裔だ)

縄文時代。八百万の神々の時代。天の神だけではなく地母神が生きていた時代である。大国主、大物主、男根の生神、ナガスネヒコがいた時代。彼等は自然を広大な田園に作り変えることを憚った。アイヌには"自然"という意味にあたる言葉がないという。それが当たり前というか、人もその一部分であり一要因である事を知っているが故である。季節に実る果物、雑穀、受け継がれる知恵から得られる薬草や魚、獣、その他野生の野菜や穀物類、あらゆるものが与えられていた。人は実りをいただく代わりに祭りを行った。そう考えるとアニミズムが全世界的に存在する事にも納得である。神が万物に宿っているということを、古代の我々は知っていたのだ。最近、量子力学の分野で、素粒子か何かにも魂が存在するというような論文が認められたという。

(......)

どうやら我々の祖先は少なくとも5000年前にはそれらに気づいていたと思われる。

(草木、ケモノと口がきけた時代...)

と神話の中では記述がある。変われば変わるものである。

(今や...原子力発電所...?)

オレ達の身体の中で騒いでるのは、彼等の血かも知れない。


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