★6.29 梅雨の晴れ間の午後の回想

 昨年の震災によって起きた原発事故で、僕らの暮らしは一気に放射能に汚染される事になりました。共に生きていくしかなくなったと言ってしまっては、身勝手な人間の傲慢だ!と他の動物達に怒られる事でしょう。起こりうる事でしたが、僕たちはそれを選ばされているのでした。生き物の寿命からすると途方もない量の毒を、自らの手でこの地球に放ってしまっているのでした。やがて権力は醜い体質を露にしていきました。やりたい放題の彼らに翻弄されながらも、今この島国には1億人以上の人々が一緒に暮らしています。かつて同じ日本列島に住んでいた縄文時代の人達は、一本の木を切るための是非を精霊に”お伺いをたてた”のだそうです。”お伺いをたてる”とは即ち、その一本の木がなくなる事によって周りにどのような影響を及ぼすのかを考察する術であったといいます。だからこそ縄文時代は1万年以上の永きに渡って文化を保つ事が出来たのでした。日本列島には度重なって人々が流れ着き、文化を融和させながら花開かせます。大地母神と太陽が育んだ思想は、生と死の循環から成る悠久のひとときでした。紀元前夜、国家的な稲作を受け入れた僕たちの祖先は、大地を人間向きに作り替える技術を開発します。農村が編み出した循環型生活体系である”里山”はその結晶として日本各地に形成されてゆきました。その一方で鍬を突き立てられた大地の母はやがて姿を消してゆきました。かつて北アメリカの先住民の多くが農耕に従事する事を頑に拒んだ理由がここに現れています。彼らに母なる大地の肌を傷つける事なんて出来なかったのです。ギリシアではガイアが格下げされ、天候神ゼウスがオリンポスの中心に立ちました。稲作による生活は暦と天候に対する信仰を高ぶらせる一方、死に対する極端な穢れの思想を誕生させました。人々は天を仰ぎ始めるのでした。定住による富の偏りが大量の血液を大地に染み込ませ、海に洗わせました。そして18世紀に西洋で生まれた近代合理主義という新しい歯車が動き始めるのでした。この文明はわずか数百年でこの星を破滅的に汚染してしまいました。細分化された合理思想は、非合理的な営みによって社会を高速回転で動かし巨大化していったのです。そして今やその歯車は同じ方向にはこれ以上回る事が出来なくなって壊れてしまっているのでした。アボリジニや北米先住民の聖地で天然のウランが見つかっているのには訳があって、彼らが守ってきた悠久の時を得るための先人の知恵であったのだと思います。ジャマイカのラスタマンに”I&I”という言葉があります。”あなたとわたし”ではなく”わたしとわたし”という考えです。これは森の哲学仏教にもあります。誰かと対するというより存在するという感じでしょうか。人々は分かち合う事で生き延びる事が出来たのです。日本においても戦前まで”国民精神総動員”というスローガンのもとに国や社会に尽くすための教育がなされましたが、戦後はその反動で自己主張が強調されたエゴイズムの社会となっていきました。その結果人々は分断され、かつての3世代に渡る家族形態は崩れてゆき、おばあちゃんが孫に子守唄を歌う姿は見られなくなっていきました。子供は保育所で、おばあちゃんは老人ホームで過ごさなくてはならなくなったのです。生活のすべてに歯車が食い込んでいるのでした。1950年代から世界の人口は爆発的に増えます。やがて人類は生命の宿命を背負わなくてはならなくなりました。それは食料や水の不足でした。ある政治家さんが「途上国の救済なくして先進国はありえない」と言っていましたが、そもそも何が進んでいるのかという事を考え直す時がやって来たのです。人間という文字は象形文字で”支えあいながら巡りあう存在”という意味を持っているそうです。「地球は丸いというし」と言っていた今は亡き嘉手苅林昌さんの言葉を思い出します。この地球はきっと長い年月をかけて、僕たちが残した核をすべてで分かち合いながら浄化してくれるでしょう。そして僕も紛れもないその一員なのです。この世のすべての一部が自分であるからこそ、思いが実現しているのだと理解したいのです。険しい時代にこそ人類の知恵が試されているのですから。

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