★川内村


日本各地で梅雨が明け、暑い日々が続いている7月下旬、ぼくは福島県川内村で催された渡辺俊美さんのライブイベントに参戦してきました。7月28日朝10時、同行するヨネスケシステム、ディノサウジと渋谷で合流して常磐道を北へ向かいます。男臭い3人4脚のこの旅の水先案内人である会津若松出身のヨネスケシステムは、この日フジロック帰りで一睡もしていないというからだに鞭打ってハンドルを握ってくれました。ありがとう!車はのどかな山々をすり抜け、車窓に海を臨みながら安全運転で走ります。途中、古代の太陽観測場所である”日立”市を過ぎると阿武隈高原に入りひたすら山を超えて北上します。すると南相馬の手前あたりでなぜか高速道路から下ろされてしまいました。不思議に思っていると、そこから北の一帯で放射能汚染を取り除く作業をしているためにこれ以上通行出来ないというのです。前もって知っておくべき情報でしたが、仕方なく無計画な男三人衆は進路を南に引き返し、除染作業地帯を避ける様に迂回する事になりました。車を走らせると至る場所でバリケードが立っており、随分広い範囲を除染の目的で通行止めにしている事が分かりました。やがて蛇行した険しい道になり、いくらか山を超えると山村が見えてきました。川内村はこの国に古くからある山里の姿を現在に残していました。美しい自然との調和がとれた生活がずっと営まれてきたのでしょう。



無事に川内村”かわうちの湯”に到着した頃には夕闇が迫っていました。そこで俊美さんと合流を果たして、まずは温泉をいただく事に。満身創痍のドライバー、ヨネスケシステムを含む僕ら3人はそこでゆっくりと旅の疲れを癒し、今宵の会場である蕎麦酒房”天山”へと移動します。そこは古い日本家屋を改装して営まれている素敵なおそば屋さんでした。すでにお客さんが集まっており、お座敷にはスピーカー内蔵のカラオケ機材がセッティングされ、和やかなムードでライブは始まりました。俊美さんの唄はやさしく強く、古い木の柱が囲む空間に響きました。俊美さんのお父さんが歌う民謡もノリノリで楽しい夜でした。相馬には優れた盆唄もありますし、やはり北国の民謡には力が溢れているのでした。数人の方とはお話が出来ましたが、きっといろいろな状況の人達がいます。いろいろな状態の場所があります。そして誰もがいろいろ感じていろいろ考えます。そば屋さんの店主はこうおっしゃっていました。「やれる事を、やれる人が、やれる時にやるだけだ」と。いろいろな意味が込められたであろうその言葉からは生きる勇気が伝わってきました。



生きるとは何ぞや?! と立ち止まって考えなくてはならないのです。悲しみを実感出来ない者は、幸せを実感する事もできないのですから。先日のリオ会議でウルグアイのムヒカ大統領がこんな事を言っています。「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人の事だ」と。巨大消費国家に住むぼくには胸が痛む言葉でした。この国の未来は果たしていかなる場所へと続いているのか?その主な構成員である”国民”即ち”僕ら”は何を選ぶべきなのかを常に考えておかなくてはいけない時代なのでしょう。夜は振る舞い酒を頂き、ヨネスケシステムの故郷、会津若松、鶴ヶ城のお膝元のご実家で一晩ご厄介になって翌日東京へと帰る事に。ハイオクでかっ飛ばした往復600km弱の小さな男旅の最後はみんな妙なテンションで家路についたのでした。




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