★南島ブラクラスタ

 春先だが関東は雨模様の空だった。成田空港から二時間半、彼方上空の大気を切り裂きながら飛行機は空を飛ぶ。那覇空港に降立つと湿度を存分に含んだ空気が出迎えてくれた。季節を"うりずん"という。新緑がはじける短い春である。まもなく"若夏"という初夏を迎える。"夏至南風"(かーちーべぇ)といううちなーぐちがあるが、北西の風が衰え南風が吹くと、島には厳しい夏がやってくるという。

(一年ぶりか...)

久茂地の公園を歩きながら立派なガジュマルに目をやると、長い髭根が大地に垂れていた。台風にさらされながらも力強くうねる様に聳えるこの大樹を見ると、やはり島人になぞらえてしまう。現に琉球弧では強靭なものの代名詞でもあるという。鳴く鳥の声も、咲く花の種類も、吹く風の香りも、暮らす人の様まで本州のそれとは異なる。歴史に於いても、現状に於いても、本州のそれとは変わった情景を呈する島であると言える。青空とコンクリートの間にブーゲンビリアが色を添えている。南国を代表するシソ科のかわいい花弁がいたるところで凛々と咲き誇っていた。

(北緯を10°も下ると、ここまで暖かいんだな)

日本地図をひらいてみると、九州南西の海に台湾まで連なる島嶼群を確認出来る。奄美諸島、琉球諸島、八重山郡島を総じて"琉球弧"と呼び、南海の貿易中継地として古代から栄え、中世を経て王国へと発展した。シナ文化、メラネシア文化を内包しつつも、それらと日本とを繋ぐ海の交差点であった。むしろ倭が平定される中世末までは、首里を中心に高い文化の花を咲かせた。島のあちこちに点在するグスクと呼ばれる城は主に聖域であり、要塞であり、現在は遺産であったりする。1609年。当時の薩摩藩主島津家久の琉球侵攻により栄華を奪われ、やがて長い隷属化の歴史を強いられる。その後も太平洋戦争では日本で唯一の陸上戦が行われ、無数の悲劇を生んだ。戦争は幾多の命とともに文化も奪った。

(おもろさうしまで...)

そうして訪れた"アメリカ世"は、更に島に影響をもたらした。この島がある種の異風の魅力をたたえるのは、そういう側面をすべて秘めているからなのだろう。しかし僕が沖縄を訪れた理由は基地ではないし観光でもない。"南島ブラクラスタ"というパンクロック祭に出演するためである。コザの町にはパンクスが生きている。そしてよく似合う。都会で目にするコスプレの類いでは決してないリアリズムに満ちている。基地と共に暮らす現実が裏打ちする風景がそこにはある。

(沖縄で飲むオリオンはひときわ美味しいな)

前夜祭は飲んで記憶をなくすまで酔った。久々に会えた友だちとの宵がうれしくて仕方がなかったのだが、おかげで翌朝はメンバーの説教で目覚める羽目となってしまった...。

(言い返す言葉はみあたらない)

当日はまさにお祭りだった。あらゆる人が自由に各々を燃え上がらせた。パンクスが街を動かしていた。動員は300人を越えたという。米兵の顔はほぼ見られなかったと思う。どうやら自粛がかかっていたらしい。おまけに翌日の琉球新報、沖縄タイムスの紙面までにぎわした。後日ジャックザニコルソンズの小町君は「あの日は革命が起った」と話している。

(たしかに)

と思ったが、それはきっと彼等が一番実感している事なのだ。

「人を殺して得た金なんていらねぇ」

愛樹さんの言葉にその日は集約された気がするが、これもきっと彼等が一番感じている事なのかも知れない。

(どうもありがとう)

この場を借りてお礼を言いたい人がたくさんいる。那覇、コザ、名護の又旅は、僕にいろんな事を教えてくれた。すばもたらふく頂いた。おかげでお腹が出た。写真はほぼほぼ撮っていなかった。それくらい充実していたということか、はたまた酔いつぶれていたということか。兎に角いろんな状態がある。古里に帰りたくても帰れない人が、この島にもたくさん居る。基地はとてもでっかい。

「いちゃりば ちょーでー」

オキナワの言葉で"行き違えば兄弟だ"ということだが、意味が二つあるという。一つは"知り合ったなら兄弟のようなもんだ"ということ。そしてもう一つは"知り合っていろいろ話してみるとほんとに兄弟だった"ということらしい。小さな沖縄という島ならではの意識が生んだ素敵な言葉だと思う。

(文明は都会化したな)

人口が流動して、知らない者同士が隣り合い、共同体の意識が薄れた。現在都会で犯罪が多発する原因をここにも十分に見出せる。"愛"は一個人では成り立たない言葉だという。相手が居てこそ成立するのが"愛"であるというのだ。だとしたらそれはI&Iに他ならないし、勾玉をシンメトリーに合わせたハートのモチーフと酷似する。日本ではすでに縄文時代の土偶にも現されていた古来のハート型である。沖縄に居ると綿々と続いている祖先崇拝とニライカナイ信仰の片鱗をかいま見る思いがする。お墓の大きさを見れば誰もがそう思うだろうし、信仰という面においては日本でも類を見ないほどあつい土地であると思う。

「ご先祖様に申し訳がたたない」

江戸時代を描いた小説などを読むと、日本人には義理や人情がいきいきと根付いているのが分かる。忘れた訳ではないが、目くらましされているのも現状らしい。いま沖縄からなにを学ぶのか。

(兎に角)

自分が学ぶのだ。そこから始まらなくてはならない。今夜も武蔵野の部屋でマルフクのレコードに針を落とし、カンカラサンシェンをはじく。



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