★27 years later

 長かった三寒四温の日々が漸く過ぎ去り、東京の日差しにも徐々に力強さが漲り始めた今日この頃。ツツジが彩る街並は俄に活気を帯び始めている。世間は所謂ゴールデンウィークというまやかしに踊らされている最中である。僕はといえば相変わらず、六畳一間で日本酒を煽りながら日々の鬱憤に燻られている。今宵のお供は福島県磐城の純米酒”又兵衛”である。肴には蓮根のきんぴらと、古志の蕗で作った蕗味噌を添えた。それらに箸を延ばしつつ、先人達が育んだ伝統に舌鼓を打つのが僕の至福の時間でもある。酒にしろ郷土料理にしろ、僕らの胃袋にはやはり馴染み深い味としか言いようが無い。郷愁にも似た味わいである。西洋式のファストフードでは決して味わうことの出来ない和の産物である。

「人類史上最悪の悲劇とされるチャルノブイリ原発事故から27年が経ちました...云々」


先日、久々に電源を入れたテレビからステレオタイプのナレーションが流れてきた。僕が5歳の時に爆発したチェルノブイリ原発は、甲状腺がんの発症を3000人以上も伴い、放射能汚染によって数々の悲惨な事態を招いた。それらは明白な事実として現在は誰もが認識している事柄である。そして25年後の一昨年、大地の怒りによって日本国は福島県の原発が吹っ飛んだ。


(何を以て人類史上最悪とぬかすのか?!)


チェルノブイリでは住民を即座に避難させ、原発は石棺した。要するに人々を守り、瓦礫を封じ込めた。しかし我が日本は全く逆の行為を遂行してしまっているように見える。人々を閉じ込め、汚染を拡散させている。少なくとも僕の眼にはそう映っている。もしそうだとしたら、一体どちらが最悪なのだろうか?


(人類はやはり不完全らしい)


インド解放の指導者ガンディーは言った。「不完全だからこそ反省し、自己を統率しなければならない」と。過去から学び、反省する余地を我々人類は持ち得ている。それが歴史というものの役割でもある。ヒンディーの歴史の概念は民衆の立場で解釈される。綿々と連なる当たり前の日常によって”このようになった”という結果が彼等の歴史である。しかし英語で言う歴史、即ち"ヒストリー"の古来の語意は”帝王たちの成果”である。まったく意味するところが違うのだ。昨今の教科書に載っている歴史もまた同様である。現代人はある特異な出来事の羅列を歴史と呼びたがる傾向にあるが、本来、僕たちの歴史とは祖先から受け継がれてきた日常の繰り返しの成果である。それらは伝統や伝承と呼ばれる、民衆の一挙手一投足の連続である筈である。それが歴史の本質であるのだ、とそう思いたい。


(もはや限界なのか?)


議会制民主主義は結局、権力者たちの産物のようである。考えてみたら、顔もよく見えない、声もよく聞こえない民主主義などあろう筈も無い。政治家は選挙のために働き、メディアはそのために動く。当然そこには真の正義が実現される余地などありはしない。かつてタイマーズもそう歌っていた。そして今もほとんどの人が理念と現実との狭間で生きている。主体性を求めながら、様々に観念化された欲望と自我の中で、曖昧模糊なこの資本主義社会の荒波を漕ぎ進む。近代的システマティック社会が失ってしまった何かをどうにか見据えながら。


まだまだ希望は捨てられない。だからこそ僕らは生きている。


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